2018年5月29日火曜日

米朝会談と日本人拉致問題の解決



安倍首相は28日夜、トランプ大統領と電話で約30分協議し、6月12日の米朝会談の前に日米首脳会談を開くことで一致した。そして北朝鮮の非核化に向けて米朝会談が意義あるものになるよう協力していくとの方針を確認した。
 
 拉致問題では28日に拉致被害者家族と面会したことをトランプ氏に伝え、米朝会談でも拉致問題を取り上げるよう求め、解決が絶対に必要であるとして協力を要請した。
 
 ホワイトハウスは声明で、トランプ大統領と安倍首相が「北朝鮮による核兵器、科学兵器、生物兵器、及び弾道ミサイルプログラムの完全で恒久的な放棄を達成するという共通の目標を認識した」と発表した。
 
 米朝首脳会談を巡っては、双方の政府当局者が板門店で会談したと発表し、それとは別に両国の準備チームもシンガポールに向けて出発したと報じた。

2015年5月22日金曜日

太平洋・島サミット


日本は、3年に一度パラオやパプアニュウギニアなど南太平洋の14の島国の首脳や、オーストラリア、ニュージランドの閣僚級を招いて「太平洋・島サミット」を開催している。今回は本日22日より福島県で開かれている。
 
この地域は、先の大戦で激戦地になった島々もあったが、多くの日系人から大統領や政財界のリーダーを輩出している。そして伝統的に親日国が多い。国連の常任理事国入りの為にもまとまった投票行動が期待できる。
 
この地域は、陸地面積は小さいが、排他的経済水域で見ると広大な面積になり、安全保障上非常に重要な地域である。海洋進出を活発化している中国は、この地域へも影響力を強めようとしている。
 
 安倍総理は、今回の島サミットで災害に強いインフラ整備の支援や、人材育成の協力などを表明するようだ。又、個別の会談も行い、それぞれの国との関係を深めたい積りだ。だがこの地域を巡る他国との競争は激化しているのが現状だ。国際社会の太平洋地域への関心が高まる中、安倍総理の手腕が問われている。

2015年1月12日月曜日

年賀状の整理



毎年沢山の年賀状を頂くが、皆さん、どのように整理されているのだろうか。僕は、年ごとに束ねて引き出しに保管しているが、古いものは箱に詰めて倉庫の奥に置いてある。調べたことはないがかなりの量になっているだろう。
 
今年も、100通余り頂いた。これをすべて富士通の「スキャンスナップ」で両面コピーした。「スキャンスナップ」は、どんな文書でも簡単にPDFにコピーが出来るので重宝しているが、年賀状をコピーするのは今年が初めてだ。
 
PDFにコピーした年賀状を分類し、ホルダーを作ってPCに保存した。同時にEvernoteでクラウド上にも保存することにした。エバノート社のEvernoteを使い始めて1年半になるが、これは面白いウェブサービスだ。アイディア次第で色んなことが可能である。
 
現在、クラウド上に4000冊ほどのノートを預けているが、同期をとったパソコン同士であればデーターが共有できる。僕はPC2台とタブレットで同期をとっているので、今年の年賀状は何処からでも検索することが出来る。折を見て過去の年賀状もEvernoteに追加していこうと考えている。

2014年12月30日火曜日

平 和



2014年は何事もなく一年を過ごすことが出来た。2015年は戦後70年目の年だ。わが国は平和の時代が長く続いているが、人類の歴史は戦争の歴史でもあると言われている。戦争を繰り返し、多くの生命・財産を消失している。現代社会は核兵器の抑止力によって大規模な戦争はなく平和は一応保たれている。
 
しかし、抑止力が十分でない場合、クーデターが発生し、他国からの侵略を誘発する。内戦がおこり無政府状態に陥った場合は住民同士が武装し、殺し合いが始まる。
 
中立主義を標榜する国家のスイスやスエーデンも、抑止力となりえる強力な軍事力を持っている。日本も戦争の放棄を謳っているが,自国の防衛までは放棄しておらず、自衛隊を組織している。また、アメリカ合衆国と日米同盟を結び、集団安全保障体制を構築している。

 現在の日本は、日米安保による安全保障体制を敷いているが、憲法9条の解釈によって改憲と護憲の二つの立場があり対立している。現政府は、改憲運動の立場から武力による抑止は国防の為として憲法を改正すべきとしている。

2014年12月21日日曜日

心臓病


心臓病について少しだけ勉強している。心臓は一日10万回も収縮・拡張を繰り返し、全身に血液を送り出すポンプの役割をしている。僕の心臓も75年間一日たりとも休むことなく働いてくれているのだ。
 
この心臓の心筋に酸素や栄養を含む血液を送りこんでいるのが冠動脈と言う血管だ。この血管が動脈硬化などの原因で狭くなると、心臓に送りこまれる血液が不足して不具合が生じる。これが狭心症だ。さらに動脈硬化が進んで冠動脈が完全に詰まって心筋に血液が行かなくなった状態が心筋梗塞で、これらを虚血性心疾患と呼ぶそうだ。
 
僕は動脈硬化で冠動脈が細くなっている狭心症のようだ。動脈硬化は、高血圧や高脂血症が原因のいわゆる生活習慣病であり、生活習慣の改善が重要との事だ。
 
僕の場合、精密検査を受けてみないと今後の治療方法が決まらない様だ。大したことが無ければ良いのだが。この際、完治出来る様に努めたいと思っている。

2014年12月20日土曜日

緊急経済対策

地方交付金
 
政府は、景気の底上げに3.5兆円規模で緊急経済対策を行う方針を固め、2014年度補正予算に盛り込むようだ。
 
地方の消費喚起や中小企業対策などの目的で、地方自治体が実施する商品券などの発行を補助するほか、自然災害の復旧事業などにも充てる。
 
 財源は、今年度税収の上ブレ分などをあて、新規国債は発行しない。この予算案は来年1月下旬に召集予定の通常国会に提出し、2月中旬ごろの成立を目指す。
 
この経済対策の目玉は、自治体が自由に使える交付金の創設だ。商品券の配布や低所得者への家計支援等の事業での活用を促す。また「住宅エコポイント」制度も再開する。このように政府は経済対策に前向きであり来年度の景気は上向くことだろう。

2014年10月9日木曜日

LED照明

 

「明るく省エネ型の白色光源を可能にした、効率的な青色LEDの発明」と言うのが、今回、日本人3人がノーベル物理学賞を受賞することになった授与理由だ。
 
光の三原色が、赤と緑と青と言うことは知っている。3色が揃うと白色はもちろんどんな色でも作れる。1960年代に発光ダイオード(LED)が発明された。しかし、赤と緑は出来たが、青色の開発がうまくいかなかった。
 
今回受賞した3人のうち、名古屋大学の赤埼氏と天野氏の師弟が、窒素ガリウムによる青色LEDの基礎研究を行い、それを産業に応用し量産化に成功したのが中村氏だ。中村氏の事は特許権裁判で知っていたが、現在はアメリカ国籍を取得してカリォルニア大学で教授をしているそうだ。
 
最近は、各家庭にLEDの照明器具が普及しつつある。大型のカラーディスプレイが町中に増えている。パソコンやテレビのバックライトにも使用されており、21世紀はLEDの世紀になるだろう。この発明を日本人がしたことは誇らしいことだ。ノーベル賞受賞に対し心からおめでとうと言いたい。

 

2014年4月8日火曜日

三陸鉄道


朝の連続テレビ小説「あまちゃん」の舞台にもなった岩手県の三陸鉄道が、3年ぶりに全線開通した。東日本大震災で壊滅的被害を受けたが、6日総延長107.6キロを列車が走った。
 
久慈市では記念イベントが開かれ、「あまちゃん」で駅長役を務めた俳優の杉本哲太さんが、くす玉を割って祝福した。望月社長は『地域の活性化に貢献していきたい』とあいさつした。
 
震災で全線が不通になったが、5日後には一部区間で運賃無料の「復興支援列車」を運行し、復興のシンボルになっていた。全線再開に合わせ、クエートからの支援で車両5両が新たに導入された。
 
だが、三陸鉄道は過疎化などで赤字が続いていて、今回の復旧費100億円弱は全額国費で賄われている。三陸鉄道のローカルには復旧のめどが立っていない路線もあるようだ。

2013年12月24日火曜日

わかめ


石巻の漁業組合から三陸産の生わかめが沢山届いた。依頼主は京都の知人だったので、早速お礼の電話を入れたら、大震災の時に全部流され、復興に頑張っておられる生産組合に協力しているとの事だった。
 
大震災の被害の大きさは想像を絶するものだと思う。ニュース報道などで理解している積りだが、お手伝いのようなことは何も出来ていない。僕も何か出来ることがあれば応援したいなと思う。
 
わかめは好物で冷蔵庫には必ず入っている。味噌汁やコンソメスープに入れたり、酢の物にしたり、サラダに混ぜたりして、色々使っている。
 
戴いたワカメは、昨晩、味噌汁に入れて食べた。非常にやわらかくて美味しかった。沢山戴いたので、友人たちにも食べて貰おうと思っている。

2013年12月23日月曜日

わかめ



石巻の漁業組合から三陸産の生わかめが沢山届いた。依頼主は京都の知人だったので、早速お礼の電話を入れたら、大震災の時に全部流され、復興に頑張っておられる生産組合に協力しているとの事だった。
 
大震災の被害の大きさは想像を絶するものだと思う。ニュース報道などで理解している積りだが、お手伝いのようなことは何も出来ていない。僕も何か出来ることがあれば応援したいなと思う。
 
わかめは好物で冷蔵庫には必ず入っている。味噌汁やコンソメスープに入れたり、酢の物にしたり、サラダに混ぜたりして、色々使っている。
 
 戴いたワカメは、昨晩、味噌汁に入れて食べた。非常にやわらかくて美味しかった。沢山戴いたので、友人たちにも食べて貰おうと思っている。

2013年12月18日水曜日

双方向番組


 

従来からのテレビ放送は、送り手よりの一方通行で、受け手側の感想などは葉書やファックスなどでワンクッション置いてフィードバックされていた。
 
インターネットの普及によって、テレビでもデーター放送が始まった。又、テレビ受像機をネット接続することによって送り側と受け手側が双方向で瞬時にコンタクトできるようになった。
 
双方向による新しい試みが始まっているが、NHKは1年ほど前から「国民総参加クイズSHOW!QB47」という番組を始めた。視聴者も生放送中にテレビのリモコンでクイズに参加できる。
 
視聴者の成績はリアルタイムに集計され、各都道府県別にランキングが決定する。つまり視聴者対抗のクイズ番組である。スタジオの各都道府県出身のゲストと共に番組を盛り上げる。今後は、クイズ以外でも色々な双方向番組が始まることだろう。

2013年8月20日火曜日

組合の歴史


7月23日付のこのブログで、阪南地区の話題をアップした。阪南組合の行事で琵琶湖の遊覧船「京阪丸」を借り切って云々と書いたが、その折の写真を見つけたので添付する。
 
白黒テレビ、電氣冷蔵庫、電氣洗濯機が「三種の神器」と呼ばれていた時代だったが、この頃に現在の組合の組織が出来上がった。それまでは、各地区で任意団体として活動をしていた。
 
我々は初め住吉支部で発足したが、分区に伴い住吉住之江支部となった。当時の会員数は130名ほどだったが、現在では半数を切っている。それだけ市場に大変革があったのだ。
 
僕は、昭和44年に住吉区で開業した。当初から組合活動に何らかの形で携わっている。先輩諸氏から色々ご指導を頂いたがあまり進歩はしていない。微力だがもう少しだけ支部活動に関わって行こうと思っている。

2013年6月12日水曜日

ブルートゥース




携帯情報機器などでさかんにブルートゥースが使われている。近距離の機器間接続に使われている通信技術のことで、携帯端末や周辺機器間を、ケーブルを使わず音声やデーターのやり取りが出来る。
 
免許なしで使うことのできる2.45GHz帯の電波を利用するため、赤外線を利用する方式に比べて、障害物があっても使える。消費電力も少なく製造コストも低く抑えられる。
 
ブルートゥースは様々な用途で利用されることを想定しているので、接続するには条件がある。接続したい機器同士がブルートゥースに対応していることだが、機器によって条件が決められている。接続可能の機器には添付画像のような表示がしてある。
 
 よく使われているのがヘッドセット。携帯をカバンにいれたままでもハンズフリーで通話が出来る。他にも色々使える。僕は、タブレット用に外付けのキーボードを接続している。ワイヤレススピーカーも使っている。

2013年6月8日土曜日

親愛なる子供たちへ


年老いた私がある日、今までの私と違っていたとしても、どうか、そのままに私のことを理解してほしい。
 
私は、服の上に食べ物をこぼしても、靴の紐を結び忘れても、貴方に色んなことを教えたように、静かに見守って欲しい。
 
たとえ、あなたの話す時に、同じような話を何度も何度も繰り返しても、その結末を、どうか遮らずにいて欲しい。
 
これは、悲しいことではない。旅立ち、その前の準備をしている私。どうかそのまま、宿泊の祈りを捧げて欲しい。  私の愛する子供たちへ。

日教組


戦後、GHQによって教育の民主化の一環として教職員団体の結成が指令された。1947年6月8日には、日本教職員組合(日教組)が発足した。
 
日教組の活動は、君が代の不斉唱、ゆとり教育の推進などあって、自衛官や警察官の子弟を差別するなどあって、しばしば批判の対象になった。
 
日教組は教員の労働組合であって政治組織ではない。しかし、大雑把に言って日教組は民主党や社民党が支持しているようだ。教職員組合は他にもあって、全教が共産党、全日教連が自民党と友好関係を持っている。
 
安倍内閣は経済対策以外にも、教育改革に取り組む姿勢を見せています。この改革の一番の目玉は教育原理を取り入れることだ。地方自治体や学校同士で競争させると言うのが根本的な考えのようだ。日教組問題も何らかの答えが出るのではないだろうか。

2013年6月7日金曜日

東映京都撮影所見学



50年以上前のことだが、“はたちのつどい”のグループ活動で、東映京都撮影所の見学に行ったことがある。映画界はこの頃から斜陽化していたが、それでも撮影スタジオは活気があった。
 
我々は大阪から観光バスで出掛けた。僕は特に映画に興味があった訳ではないので、東映時代劇のお姫さま役だった“丘さとみ”と記念撮影したぐらいの記憶しかない。
 
京都太秦の東映撮影所には昭和50年頃にもう一度行っている。小学生だった娘や姪御たちと一緒にマイカーで出掛けたことがある。この頃にはスタジオの一部を映画村としてオープンしていて、時代劇の殺陣のショーなどが行われていた。
 
映画の登場人物への変身体験などのスタジオもあった。一日遊んで、子供たちはたいそう喜んでくれた。楽しい思い出の1ページである。

2013年5月28日火曜日

子どもの貧困対策




生まれ育った境遇で子供の将来が左右されないようにと、与野党は別々の法案を衆院に提出した。平等に教育の機会を保障することを第一に考えた、実効性のある内容にしてほしいものだ。
 
厚生労働省の調査では、生活困窮家庭で育つ17歳以下の子供の割合は6人に1人の割合に増えている。母親が家計を支えている家庭などでは賃金の低い職場で働かざるを得ないことがあるからだ。
 
日本は教育への私費負担率が高い。国の公的な支出は先進国では最低だと聞く。高校授業料の無償化は始まったが、貧困家庭では授業料以外の諸費用が準備できない。家庭への負担を軽減できなければ、貧困の連鎖は断ち切ることが出来ない。
 
戦後間もなく就学した僕たちの年代は、総じて生活環境は貧しかった。この頃の社会は中学校卒でも仕事はあった。今の世の中はそうではない。最低でも高校を出なければならない。すべての子供たちが平等に教育が受けられる社会にしてほしいものだ。